こんにちは。フジオです。
当記事では金属3Dプリンターを新規事業で立ち上げる時の成功要因についてお伝えします。
※約25分で読める記事です。25分後には「金属3Dプリンターを新規事業で立ち上げる成功要因は何か?」が理解出来ているはずです。
金属3Dプリンター新規事業の成功要因について【論文をブログ調にまとめました】
当記事は私が「精密板金会社における金属3Dプリンタ事業化を通じた新規事業の成功要因に関する分析」というタイトルで「地域活性学会」へ寄稿した論文をブログ用に編集したものになります。
タイトル
精密板金会社における金属3Dプリンタ事業化を通じた新規事業の成功要因に関する分析
Analysis of the success factors of new businesses through commercialization of metal 3D printers in precision sheet metal company
要旨
本研究では、筆者自身が地方企業の新規事業立ち上げを成功させた経験を基に、エスノグラフィを用いて成功要因を分析した。
筆者は産学官連携地域活性化プロジェクト「信州100年企業創出プログラム」へ参加し、精密板金業タカノにおける金属3Dプリンタ事業化へ取り組んだ。
その中で筆者が実際に行った活動及び産学官連携コンソーシアムがもたらした効果を検証した。
その結果、成功要因は
「1.適切な要素の組み合わせ」
「2.組み合わせを十分な速度で成長させる仕組み」
「3.明確な達成指標の設定」
「4.当事者意識」
「5.ネットワーク形成」
であることを明らかにした。
キーワード
地域活性、新規事業、イノベーション、金属3Dプリンタ、エスノグラフィ
研究目的
本研究の目的は、地方企業が新規事業立ち上げに成功した事例を研究結果として報告することで、地域研究の発展を促し、今後の地方創生へ貢献することである。
背景
2019年現在、地方創生が国の最も重要な政策と位置付けられている。
地域活性を促すためには地方企業が新しい取り組みへ挑戦し活力を生み出すことが重要である。
当報告で取り上げる株式会社タカノ(以下タカノ)は、1972年に長野県岡谷市で創業した精密板金会社である。
日本の強みである製造業において板金加工は重要な役割を占めるが、買い手の交渉力の強さ(基本的には受託生産)や事業所数の縮小(少子高齢化による労働人口の減少・大規模工場への生産依頼集中・働き手の高齢化に伴う引退)など業界を取り巻く状況は厳しい(表1)。

(出展:工作機械メーカー調べ)
その中でタカノは新規売上創出を目的に2017年10月ドイツ製TRUMPF社の金属3Dプリンタ「TruPrint1000」を導入した(図1)。

プリンタ内にセットした細微な金属粉末にファイバーレーザーを照射し、一層ずつ焼結させる工程を繰り返し造形する「金属積層造形」という方式で造形を行う。
従来の切削加工では造ることが難しかった形状の金属を造ることが可能となった(図2)。

先端技術を搭載した設備を所有しながらも、導入後約1年間は社内における試運転に留まり事業化へは至っていなかった。
その中でタカノは信州大学が主導する産学官連携地域活性化プロジェクト「信州100年企業創出プログラム(以下100年PRGM)」へ参加(図3)。

-100年PRGMとは-
成長・拡大を目指す地方企業と、首都圏・大企業で働きながらも新たな働き方をむ中核人材をマッチングし、当該企業の課題解決を通じ長野県の次代を担う「100年企業」創出を目指す地域活性事業である。正式名称を「地域中小企業人材確保支援等事業(中核人材確保スキーム)」
「金属3Dプリンタの事業化」をミッションとして産学官が連携し取り組んだ結果、約半年間で金属3Dプリンタを新規事業として立ち上げることに成功した(2019年4月より正式に新事業部として組織化され、売上は伸長傾向)。
当事例を通じ、地方企業の新規事業立ち上げの成功要因を研究することで、地域活性を促す重要な知見が得られると考える。
先行研究
地方企業における新規事業立ち上げについては、イノベーションや産学官連携に関連する先行研究から重要な知見を得ることが出来る。
イノベーションとは1911年に経済学者Schumpeterにより新結合という名前で定義された概念である。
それは次の5つのいずれかの達成により実現されると言われており、
1つ目は新しい製品を生み出すこと
2つ目は新しい生産方式などを導入すること
3つ目は新しい市場を開拓すること
4つ目は新しい原材料・半製品の供給源を獲得すること
そして最後の5つ目は新組織の構築である(文能、2000)。
イノベーションに関してはChristensen、Von Hippel、David Goldbergなどを代表に膨大な研究が存在しているが、その根幹にあるのは「組み合わせ」であると捉えられている(栗島、2013)。
David Goldbergによると、進化計算プロセスを適切に理解することで、イノベーションがどのように達成されるかが明確になるとしている(寺野、2016)。
適切な要素を組み合わせ、十分な速度で成長させる仕組みを設け、その評価基準を明確にすることが、イノベーションを促すにあたり重要とされている。
産学連携とは大学と民間企業が教育活動、研究開発などを目的に行われる連携のことであり、日本では1942年に千葉工業大学で行われた産学連携が最初である。
その後、連携帯が多様化し「官」も加え産学官連携と呼ばれている。
また一般的には産(産業界)は大企業・中小企業などの企業組織、学(学界)は大学等の学術組織、官(行政)は公設試、公共試験研究機関を指すことが多い。
本研究では産はタカノ(中小企業)、学は信州大学(国立大学法人)、官は長野県工業技術総合センター(公共研究機関)を指す。
産学官連携と中小企業経営の関係性についても既に多くの研究が存在する。
例えば上記の定義を明文化したものでは、
産は「経済的な主体責任としてイノベーションに対するリスクを負うことができること」
学は「学術的シーズの提供・創出ができること」
官は「連携や成果達成を支援できること」
として定義した考え方(船田、後藤、高樹、古内、本村、竹内、垣田、京極、2008)がある。
この考え方は本研究で紹介するケースに近い。
また産学官連携体(コンソーシアム)が中小企業に不足する機能(知識、経験、スキル、ネットワーク、ブランド)を補完しているという研究結果(加藤、青山、仙石、2018)も示唆に富んでいる。
研究方法
本研究では、筆者が実際に2018年11月-2019年3月まで、100年PRGMを通じタカノで金属3Dプリンタの新規事業立ち上げへ取り組んだ内容を基に、エスノグラフィ分析を用いて研究を進める。
エスノグラフィという言葉はethno-(民族)と-graphy(記述法)という言葉から成り、文化人類学や社会学において、数値で表せない事象を観察・分析する手法として認識されている(川村、2014)。
エスノグラフィでは人びとが実際に生きている現場を理解するための方法論として、現場(人びとが何かを実際に行っている場、ある事がらが実際に起きている場(小田、2010))へ赴き、現場調査を通じ研究を行う。
フィールドワークを通じ現場の社会的生活に密着して調査を進め、現場の暗黙知を浴びることで、サーベイや統計調査などの量的調査(佐藤、2015)示される数字(King、Keohane、Verba、2004)だけでは発見出来ない研究結果を得ることが出来るとされている。
本研究は筆者が実際に現場に入り込み、新規事業立ち上げを推進したことを最大の特徴としていることからも、そこで得た経験を研究成果とするため、エスノグラフィ分析を用いて研究を進めることにした。
100年PRGMでは、週4日はタカノで業務に取り組み、週1日は信州大学でゼミに参加する形で活動した。
タカノでは5ヶ月間、生産技術部という部署に所属し一から金属3Dプリンタ新規事業の立ち上げを推進した(図4)。

信州大学ではリサーチフェロー(客員研究員)の委嘱を受け、週に1日のゼミを通じてタカノでの活動内容を報告した。
ゼミでは新規事業の立ち上げに対し、ファカルティ(教授、講師)や共に100年企業PRGMに取り組んだ同ゼミの研究員から助言を頂き、ディスカッションを繰り返した。
また隔週で行われた集合研修では、外部講師によるセミナーやフィールドワークを通じ、経営に関わる知識や地方創生の要諦を学んだ(図5)。

活動を通じて作成した「週次レポート」「インタビュー」「メモ」を基に、タカノにおける金属3Dプリンタ事業の立ち上げから事業化までの経緯を
①リサーチ(11月)
②ビジネスプランニング(12月-1月)
③セールスプロモーション(2月-3月)
の3パートに分け、加えてパート中で100年PRGMコンソーシアム(以下コンソーシアム)がもたらした効果を加味し、活動内容を整理した。
株式会社タカノ 主要メンバープロフィール
・代表取締役社長 T・Y 様 性別:男性 / 年齢:30代 / 出身地:長野県 株式会社タカノ創業社長の子息、大学卒業後に同社へ入社し精密板金加工現場を経験した後、2013年より代表取締役社長へ就任
・部長 T・H様 性別:男性 / 年齢:50代 / 出身地:長野県 株式会社タカノへ2年前に入社、タカノ入社前から精密板金業に携わっており、金属加工全般に精通
・技術者 K・I様 性別:男性 / 年齢:50代 / 出身地:長野県 株式会社タカノへ2年前に入社、金属3Dプリンタ担当として造形ナレッジを蓄積、前職は製造業の設計者
100年PRGM 主要メンバープロフィール
・ファカルティ① H・Y 様 性別:男性 / 年齢:40代 / 出身地:愛知県 職業:大学勤務(総合人間学系 教授、学術研究・産学官連携推進機構) 、100年PRGM(本部長) その他:大学発ベンチャーの起業経験有り、専攻は心理学、ブランド戦略にも精通
・ファカルティ② K・D様 性別:男性 / 年齢:40代 / 出身地:東京都 職業:地方シンクタンク勤務(主席研究員)、コンサルティング会社(代表取締役社長) その他:大学発ベンチャーの起業経験有り、地方自治体 の政策立案など地方行政に精通
・同ゼミ研究員① S・N様 性別:男性 / 年齢:30代 / 出身地:東京都 職業(前職):小売・流通ベンチャー勤務(本部長) その他:首都圏ベンチャー企業の立ち上げから経営までを経験、組織開発から人材育成まで、組織論に精通
・同ゼミ研究員② K・R様 性別:男性 / 年齢:40代 / 出身地:東京都 職業(前職):大手メーカー勤務 その他:国内外での勤務経験有り、ものづくりに精通。
研究内容
①リサーチ(11月)
11月は新規事業立ち上げを開始にあたり、
1)タカノ自社理解(1.現状整理、2.ビジョン策定、3.当ミッション位置づけの明確化)
2)3Dプリンタ市場調査
を行った(表2)。

(出典:信州大学資料、週次レポートより)
①-1)-1自社理解-現状整理
タカノへ配属された11月初旬に、入社教育として会長(創業社長)、T社長、T部長、経理課長よりタカノについての説明を受けた。
タカノは1972年に長野県岡谷市で住宅設備工事会社として創業し、1977年より板金加工業へとシフトした。そして更に5年後の1982年より、より精密さを求められる精密板金へ特化。
事業所を長野県松本市の松本臨空工業団地へ移転し、以降37年間信頼と実績を積み重ねてきた。
高品質な金属加工、県内最大級の敷地面積、最新の金属加工機、組立から出荷までをワンストップで行えることを強みに、大手医療機器メーカーや半導体装置メーカーの信頼を得て継続的な売上を獲得している。
売上構成の大半を医療機器、半導体装置の大手メーカーが占めており、残りはその他メーカーで構成されている。
2018年の売上は、米中貿易摩擦に起因する工作機器の出荷台数減少の影響を受け前年度比で減少した。
このようにタカノの売上構造は「売上構成比率の大半が特定の企業で構成されている」「外的要因による影響を受け易い」ことが特徴である。
①-1)-2ビジョン策定
次に筆者が参画した100年PRGMでは「信州で100年続く企業を創る」ことを目指していることからも、「100年後に在りたい姿」を想定しビジョンを策定した。
ここでは株式会社タカノ代表取締役 T社長(以下、T社長)、信州大学 H教授(以下、H教授) 、筆者の3者で100年先の視点から未来予測を行うことから始めた。
そこで議論された板金加工業を取り巻く未来の状況としては
「テクノロジー(IoT、AI、ロボット)の進化に伴い、スマートファクトリー化(自動化、省人化、効率化)が進む」
「スマートファクトリーが普及することにより、テクノロジーを取り込めていない会社は淘汰が進み、事業所数減少が加速することが想定される」
「少子高齢化による働き手が減少する」
「東京への人口流入が年々増加していること(東京一極化集中問題)により、地方中小企業が働き手を確保することは厳しくなる」
ことなどが挙げられた。
次に未来予測を踏まえタカノが100年後に在りたい姿いついて、T社長と筆者で議論を行った。
タカノにおける100年後に在りたい姿は「ものを創れる人が集まりたい場」であった(図6)。

ものづくりをしたい人がやりがいを感じながら働ける場、そしてそれが伝統と文化として社内外に滲みでている状態であること、それをタカノの目指したい未来像として策定した。
①-1)-3 当ミッション位置づけの明確化
その中で当ミッションの位置づけを明確化するために、タカノの課題を整理した。
現状としては板金加工業の事業所数は年々減少しており、今後テクノロジーの進化によりその傾向は更に加速することが想定されている。
その中でタカノの売上構成比は大部分を特定企業からの受託生産が占めていることからも、外的要因の影響を大きく受け易い状況である。
また受託生産が組織文化であることから、創造的な活動が行える人材が生まれにくい環境が醸成されている。
加えて今後は少子高齢化に伴う働き手の減少及び東京一極集中問題により、地方中小企業における働き手の確保は更に困難になると予測される。
ビジョン策定の中でタカノが100年後に目指したい姿は「ものづくりをしたい人がやりがいを持って集まれる場で在ること」としたが、在りたい姿へ辿り着くためには、厳しい市況を見据え、現状の受託生産や外的要因が経営に大きく影響を受ける状態、そして組織文化を変化させる必要がある。
以上を踏まえると「1)既存枠組みの経営活動だけでは現状を変えることが困難」「2)創造的な活動が行える人材の不足」が課題であると捉えた。
現状を変えることが出来る取り組みについて、100年PRGM企画当初にT社長とH教授で議論をおこなったところ、現状を変える可能性を秘めているリソースとしてタカノが所有している金属3Dプリンタに着目した。
タカノは2017年10月に金属3Dプリンタを購入、自社内での試作造形を繰り返してナレッジを蓄積してきた。金属3Dプリンタは金属粉をファイバーレーザーで溶射し、金属を積層し製品を造形する。
これにより従来の金属加工では造形が難しかった「一体化」「軽量化」「中空化」を実現し、金属加工の幅を拡げることが出来るようになった(図7)。

(出典:タカノ社内資料より抜粋)
顧客がこれまで潜在的に作りたかったものを造形することで、顧客へ新しい価値を提供することが出来る。
そして金属3Dプリンタで新規売上を創出することで、既存枠組みの経営活動を変えることが出来る可能性がある。
これまではナレッジの蓄積に集中し事業化のフェーズへ進むことが出来ていなかったが、100年PRGMをきっかけに事業化へ取り組むこととした。
次いでタカノが求める創造的な活動が行える人材の確保に有効な打ち手として、金属3Dプリンタ事業化へ挑戦する過程を社内外へ訴求することを通じ、創造へ挑戦する風土の醸成、理念に共鳴する人材の確保へ繋げられる可能性があると仮定した。
以上からタカノが在りたい姿へ辿り着くためには、当ミッションは必須要素として位置付けられることが明確化された。
①-2) 市場調査
次に3D プリンタ市場について理解するため、展示会や勉強会への参加及びウェブを利用して市場調査を行った。
そこで得た知見を基に、3C(顧客、自社、競合)分析を用いて3Dプリンタ市場を分析した。
結果、タカノが新規事業として取り組むにあたり有望な市場であることが分かった。
・市場(Market)
3Dプリンタ市場は2020年に約22兆へ拡大(成長が見込める市場である)(図8)

・3C分析
・顧客(Customer)
製造業が中心(従来のタカノの事業ドメインとも合致している)
・自社(Company)
造形品は試作品、パーツ等が多い(タカノが培ってきたナレッジにて造形出来る)(図9)
・競合(Competitor)
単発案件を受託造形するサービスビューローが多い(参入障壁は低い)


(出典:Wohlers Associates,Inc調べ)
コンソーシアムがもたらした効果①
リサーチフェーズにおいてコンソーシアムが行ったことは大きく分けて2つある。
1つは「金属3Dプリンタ事業化ミッションの具体化」である。
ここでは「タカノ及び3Dプリンタ市場の現状把握」「100年後の未来・企業・タカノの姿の予測」「金属3Dプリンタ事業化のイメージ」についてT社長、H教授、筆者の3者で議論を重ねた。
筆者が行った調査結果や試案として提示した未来予測、事業化イメージに対し、多面的な視点から意見を頂けたことによりミッションを具体化することに成功した。
次に「100年PRGMリカレントカリキュラム受講を通じたスキルアップ」である。
11月初旬に主要メンバーとの顔合わせを行い週次ゼミが開始した。
隔週では外部講師を招いての会計学やシナリオプランニングの手法、そして地域活性化ケーススタディについて学んだ。
また筆者が100年PRGMで所属したゼミでは、他2名の研究員も製造業へ配属され各ミッションを遂行していた。
その中で筆者は類似する課題を研究員と共有し、相談が出来る環境があった。加えて外部講師による講義を通じ、自身が属する業界以外の視点から現状を俯瞰することが出来た。
上記を踏まえ、当フェーズにおいて筆者はコンソーシアムから以下2点の効果を得た。
1)迅速な意思決定
T社長と筆者の議論にH教授が加わったことにより、現状整理を迅速かつ正確に行うことが出来た。
これは製造業の視点にアカデミアの視点(異なる視点)が加わったことで議論が闊達化したことによるものと捉える。
同様にビジョン策定においても、多面的な視点から在りたい未来像を描くことが出来た。
その一連を通じ未来像へ向けた3Dプリンタ事業化のイメージについて、迅速かつ円滑に議論を進めることが出来た。
2)高いモチベーションの確保
同ゼミの研究生の存在は、筆者へ心理的安全性を与えた。
これはミッション遂行の中で抽出した課題を共有し合いディスカッションが出来る仲間がいたこと、また研究員の過去の経験を踏まえた助言を得ることで課題を明確化することが出来たことによる。
そして緊張感があるミッションでありながらも、共に取り組む仲間がいたことは、筆者に高いモチベーションを与えた。
結果、筆者は常に当事者意識を持ち活動へ取り組むことが出来た。
②ビジネスプランニング(12月-1月)
12-1月は現状市場分析(自社理解・市場調査)を踏まえ、ビジネスプランニングを実施した(表3)。

(出展:信州大学資料、週次レポートより)
まず100年後に在りたい姿を踏まえ、市場におけるタカノのポジショニングを社内で議論し整理した。
タカノはこれまでビジネス案件が売上のメインであったが、今後の在りたい姿を鑑み、コンシューマ用途の金属加工も範囲に入れることにした。
また従来の精密板金の受託生産に加え、金属3Dプリンタによる提案型営業を行うポジショニングとした(図10)。


(出典:タカノ社内資料より抜粋)
次にクロスSWOT分析を用いて、タカノのコアコンピタンスを明確化した。
分析にあたり内的要因(強み・弱み)外的要因(機会・脅威)を整理し、タカノの状況を可視化した(表4)。
3Dプリンタは新技術として市場の注目度は高いが、技術標準化は進んでおらず造形に手加工が必要な場面があるため、金属加工に精通した会社が造形を行う必要があるのが現状である。
その中でタカノは金属加工の中でも精度が求められる精密板金に精通しており、また長野県において「高品質」において信頼と実績を得ている。
すなわち3Dプリンタを使いこなせる素養が整っている。
そして従来の精密板金加工と3Dプリンタがシナジー効果を生み、これまで出来なかった金属加工を実現出来る可能性もある。
以上から、タカノのコアコンピタンスを「高品質な金属加工」「長野県における信頼と実績」と定めた。
戦略はタカノの強みを最大限に活かすべく、「長野県において3Dプリンタを受託造形企業として確固たる地位を確立する」こととした。
3Dプリンタによる受託造形案件をビジネス、コンシューマから獲得することにより、売上目標125万(3月末日時点)を達成することをKGIと設定した(表5)。

(出典:タカノ社内資料より抜粋)

(出典:タカノ社内資料より抜粋)
コンソーシアムがもたらした効果②
ビジネスプランニングフェーズにおいて、コンソーシアムが行ったことは「適正な目標の設定」である。
ここでは特に同ゼミに所属する研究員からのアドバイスが大いに効果を発揮した。
研究員S・H氏はベンチャー企業で本部長に従事した経験から、新規事業における適切な目標設定に対し知見があり、筆者はそのアドバイスを得ることが出来た。
また研究員K・R氏は3Dプリンタに近い業界で働いていたことから、市場に対する知見があり筆者はその意見を踏まえ目標設定へ向けたディスカッションを行うことが出来た。
適正な目標が設定出来たことにより、正確なスケジューリング、適切な戦術を設定することが出来た。
加えて週次ゼミでその進捗を常に報告出来る仲間がいたことにより、目標達成へ向けた最適な行動を取る事が出来た。
③セールスプロモーション(2月-3月)
2月-3月は、12月に策定したビジネスプランニングに基づき、KGI達成を目標とし長野県・首都圏を中心に営業活動を展開した(表6)。

(出典:信州大学資料、週次レポートより)
具体的な活動は下記3点(勉強会、営業活動、展示会)である。
・勉強会開催(長野県工業総合技術センター主催)
長野県工業技術総合センター主催の勉強会をタカノ本社で実施、長野県工業技術総合センター、長野県企業、TRUMPF(ドイツ3Dプリンターメーカー)が参加し、参加企業に対し金属3Dプリンタ造形を訴求した。
・法人向け営業活動
タカノの既存顧客に対する金属3Dプリンタ事業紹介活動及び筆者が首都圏の企業に勤務していた時のコネクションを活用し、首都圏大企業への提案活動を実施。
・展示会
2019年2月に東京ビッグサイトで開催された「第一回 次世代 3Dプリンタ展」へ出展(図11)。
タカノ既存顧客、首都圏・地方大企業、信州大学、日本人材機構など多方面に案内活動を実施。
また展示会の準備(招待状送付、展示内容立案、展示品準備)においてはタカノ社内において多くの人に協力して頂いた。

以上①リサーチ、②ビジネスプランニング、③セールスプロモーションの成果が表7である。

(出典:信州大学資料、100年PRGM最終報告書より)
「3Dプリンタ事業化の実現」については売上目標である125万を上回る実績を達成した。
また営業活動により新規取引口座の開設、案件受注を通じた関係構築、工場見学へ繋げることが出来た。
中でも展示会においては来場者約1,000名(従来の板金時比較で約3倍の来場者数)、名刺交換数385名と、多くのリード顧客を獲得することに成功した。
また技術標準化推進の側面からも、2019年4月以降に長野県工業技術総合センターとの共同試験の実施が決まり、次のステップへ進めることが出来た。
加えて、活動を通じ多くの関係者へタカノの挑戦する姿勢を示すことが出来た。
今回の一連の活動においては、タカノ社内の多くの方を巻き込むことにも成功した。
具体的には上述した展示会の準備、そして展示会後のフォローにおいてタカノ全営業に協力して頂いた。
展示会会期中も、当初4名体制で対応をする予定だったが、初日に予想を上回る来客数があったことから、会長、T部長にもサポート頂き、7名で臨む形へと体制変更した。
以上から、タカノ社内に対しても経営理念である「創造&チャレンジ」を体現する姿勢を示すことが出来た。
また展示会後に信州大学の学生が工場見学を希望し見学に訪れたことも、活動の成果と言える。
タカノが在りたい姿へ辿り着くために必要な、創造的活動が行える人材の雇用を目指し、今後も金属3Dプリンタ事業で挑戦し続ける姿勢を示すことは有効であることが明らかとなった。
コンソーシアムがもたらした効果③
セールスプロモーションにおいてコンソーシアムが行ったことは大きく分けて2つある。
1つは「人を巻き込み事業を進める視点・手法の伝授」である。
スコラ・コンサルタントにおける組織論及び地域創生事例から産学官連携の重要性を学んだ。
多くの関係者(長野県工業技術総合センター、3Dプリンタメーカー、既存顧客、タカノ社員など)を巻き込み目標達成へ向け活動することが出来た結果、目標を達成することが出来た。
また100年PRGMが世間で高い注目を受けていたことも、目標達成の一助になったと捉える。
また中期経営計画策定においては、自身が活動終了後にタカノへ就職する可能性があることからも、当事者意識を持って取り組むことが出来た。
中期計画策定及びミッション終了後の進路について、ファカルティや同ゼミ研究員が親身に相談に乗ってくれたことにより、目標達成に向けて集中して営業活動へ取り組むことが出来た。
研究分析
以上の研究内容踏まえ、新規事業立ち上げを成功へ導いた活動とコンソーシアムがもたらした効果を整理すると下記となる(表8)。

コンソーシアムがもたらした効果
今回の筆者が得た経験を、先行研究(イノベーション論・産学官連携)を軸に考察した結果を整理すると下記の研究結果が明らかとなった。
研究結果
研究内容・研究分析を考察した結果、新規事業の成功要因としては
「1.適切な要素の組み合わせ」
「2.組み合わせを十分な速度で成長させる仕組み」
「3.明確な達成指標の設定」
「4.当事者意識」
「5.ネットワーク形成」
が重要であることが分かった。
1.適切な要素の組み合わせ
タカノの事例では金属3Dプリンタというモノ(設備)、ヒト(技術者)の要素はあったが、新規事業化を完遂出来るヒト(営業)の要素が不足していた。
先端技術を有しながらも、プロモーションや営業活動が行えていなかった為、売上を創出するまでに至れていなかった。
筆者は100年PRGMに参加する前は、大手メーカーで約13年間、法人営業・企画管理業務に従事した経験があった。
また、金属3Dプリンタ自体も近年注目を高め、その技術を試してみたいという企業数は増加傾向にあった。
その中でタカノが所有する金属3Dプリンタという先端技術の要素に、人間関係を進んでプロデュースする営業力の要素が組み合わされた(北尾、中田、2010)結果、金属3Dプリンタ事業の認知向上及び目標売上の達成を実現することが出来た。
2.組み合わせを十分な速度で成長させる仕組み
100年PRGMでは週次ゼミ、隔週の集合ゼミ、特別セミナーを通じ研究員が成長出来るようにカリキュラムが設計されていた。
具体的には100年PRGM初期は、経営学や産学官連携事例の学習を通じ、新規事業立ち上げに必要な素養を身につけることが出来た。
中期では実際に100年企業を訪問するフィールドワークやコンサルタント会社による組織論の指導を通じ、新規事業を成功へ導く要諦及び具体的な手法を学ぶことが出来た。
後期ではプログラムの集大成である最終報告会へ向けた論文指導を通じ、新規事業を成功させた後の経営計画を策定することが出来た(図11)。

加えて100年PRGM中にご指導頂いたファカルティ(教授、講師)、共に取り組んだ同ゼミの研究員は各々異なる経歴・経験を有しており、多様性に富んだ環境が整備されていた。
それによりミッション遂行時のターニングポイントにおいて、多面的な視点から助言を頂きながら適宜活動の改善を行うことが出来、成功確度を高めることが出来た。
3.明確な達成指標の設定
当事例においては、タカノでは「目標売上の達成(2019 年3月時点:125万円」、100年PRGMでは「最終報告書作成(2019年3月末に行われる最終報告用)」と、明確な達成指標が設定されていた。
予め具体的な数値目標と期日が設けられていたことにより、達成へ向けたスケジューリング、計画の策定、そしてそれらに基づく最適な行動を取ることが出来た。
4.当事者意識
当事例においては、筆者は高い当事者意識を持ちミッション達成へ向けて取り組んだ。
組織論(Robbins、2012)に拠ると、ある環境の中における個人の緊張感は心の中で駆動力となり、特定の目標を探求する意欲が呼び起こされる。
その目標が達成されると、欲求が満たされ緊張が緩和されることから当人はこの緊張緩和へ向けて活動に従事する。
また集団凝集性が高いほど、メンバーは集団目標に向かって努力し生産性が高まる。
今回の100年PRGMは、全国でも初の試みとなる地方活性化プログラムであったことからも、参加した研究員は強い緊張感と集団凝集性の下でミッションへ取り組んだ。
このような特殊な条件下の中で、筆者自身が強い当事者意識を持って取り組んだことにより、目標達成を実現する強いモチベーションが生まれた。
5.ネットワーク形成
目標である売上達成に対しては各方面とのネットワーク(繋がり)が大きく寄与した。
日用品メーカーK社様、H製作所様は、タカノの精密板金において以前より取引があったお客様である。
A製作所様、U製作所様は当活動期間中に長野県工業技術総合センター様がタカノを会場に、金属3Dプリンタの勉強会を開催したことから繋がりが生まれ、結果的に発注を頂くことが出来た。
I様は2019年2月に出展した「第一回 3Dプリンタ展」でブースへお越し頂き、新たに関係が生まれ発注へと繋がった。
既存顧客との関係、地域における連携、新規関係構築を合わせて、目標金額を達成することが出来た。
また地方創生が国の最も重要な政策として位置づけられていることも、当取り組みが注目(青柳、2000)され、多くの関係者の応援を得られる結果へ繋がったと考える。
既存顧客と新規顧客、そして民間だけではなく産学官の幅広いネットワーク形成が、新規事業を成功させるためには必要であった。
考察・今後の展開
本研究では、タカノの金属3Dプリンタ事業化の事例を通じ、地方企業が新規事業立ち上げを成功させるために必要な要件について研究を行った。
今後は当事業の成長、ひいては更なる地域活性へ繋げるために、新規事業が今後どのようにネットワークを構築し事業展開することが有効か、引き続き自身が事業を拡大させていく過程を通じて検証することとしたい。
謝辞
本研究は100年企業創出プログラムで自身が経験した内容を論文とすることで、地域へ寄与貢献したいという想いから執筆した。
100年企業創出プログラムにおいては信州大学、タカノより多大な協力とご支援を頂いたことに謝意を表す。
また地域における新規事業創出という難解なテーマでの論文執筆に挑戦され、それを完遂し知恵を積み上げ、本研究の参考とさせて頂いた先人の皆様へ敬意の念を表する。
引用・参考文献
・文能照之,2012年,中小・ベンチャー企業のイノベーション戦略-戦略適合性と競争優位の観点から-,JOUNAL OF THE KANSAI ASSOCIATION FOR VENTURE AND ENTREPRENUR STUDIES Vol4,P29
・寺野隆雄,2016年,「異分野交流によるイノベーションを進化計算で考える」,計測と制御 55巻 8号 P.693
・船田学,後藤芳一,高木一彦,古内里佳,本村尚樹,竹内利 明,垣田行雄,京極正宏,2008年,中小企業における産学 官連携の課題と対応策,産学官連携Vol.4,No2,P3-4
・加藤尚吾,青山朋樹,仙石慎太郎,2018年,コンソーシアムを介した中小企業の異業種参入と事業開発,産学官連携 Vol.14,No1,P48,56
・川村悟,2014年,エスノグラフィを用いた中小企業向け診断技術の検討-診断事例から見る可能性と課題-,日本経営診断学会論文集14,64-70,P65
・小田博志,2010年,エスノグラフィ入門<現場>を質的研究する,春秋社
・佐藤郁哉,2015年,フィールドワーク-書を持って町へ出よう,P1-P30
・Gary.King,Robert.Owen.Keohane,Sidney.Verba,2004年,社会科学のリサーチ・デザイン-定性的研究における科学的推論,P5
・北尾吉考,2010年,起業の教科書 次世代リーダーに求められる資質とスキル,P.192
・Stephen.P.Robbins,2012年,組織行動のマネジメント,P79-80,P184-185
・青柳一弘,2000年,セイコーエプソン知られざる全貌,日刊工業新聞社,P.13-19
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